だいぶ前に読んだ、グロービス堀さんのブログの「家族と過ごす時間の質と量(Quality time vs. Quantity time)」というエントリーで紹介されていた堀さんのオーストラリア人の友人(会社経営者であり3人の娘の父親)の言葉が最近身にしみます。
親子関係は、質の高い時間(クオリティータイム)が重要だと米国では良く言われているようだが、僕にはそうは思えない。 親が都合が良い時間に子供に向かって、『さあ、質の高い時間を短時間で過ごそう』、なんて言っても、 子供はついてこないものさ。子供は両親と一緒に長く過ごしたいと思っているんだよ。 その長い時間を過ごすなかで、ふとした瞬間に心が通い合う会話があったり、悩みを打ち明けたりする、質の高い時間が来るのである。
私の息子(現在15カ月)はフルタイムでナーサリーに行っています。
朝6:00からナーサリーに出発する8:00までの2時間は家族3人で朝ご飯を食べ、バタバタと出かける支度をする時間。 夕方5:45のナーサリーのお迎え時間から7:45のベッドタイムまでの2時間は、私と息子2人だけの時間です。
夕方の2時間の間に息子に晩ご飯を食べさせお風呂にも入れるのですが、彼は早食い&からすの行水なので、うち1時間半は絵本を読んだり歌を歌ったり100%息子と向き合います。 家事はすべて後回し、「〜しながら」はNG、「ママはボクだけを見ている」唯一の時間。
息子にとっては長い1日の終わり、疲れている時間帯なので機嫌がいいときばかりではありませんが、ものすごい速さで成長する様子を脳裏に焼き付けようとする私にとって宝石のような瞬間はだいたいこの2人の時間中に訪れます。
晩ご飯の最中、ママにも食べ物を分けてあげるふりして(私の口元まで持ってきて)「やっぱりあげな〜い」と自分で食べ、「あっ」と驚くママにキャッキャッと笑う笑顔、
いろいろな動物たちが出てくる絵本で"Sniffy fox(クンクン嗅ぎ回るキツネ)"のページになると身構え、ママが「クンクン」と体中を嗅ぎ回るのがくすぐったくてたまらない様子、
「おねんねする時間だよー」と言うと、まだ遊び足りなくて"More more"と絵本やおもちゃを持ってくる姿、
(いつも同じ)ベッドタイムの絵本を終わった後、全身を静かに私に委ね、幸せそうに眠りに落ちようとする時・・・
「こんな幸せがこの世の中にあったのか」と思う瞬間は毎日この静かな時間の中でやってきます。
そして悲しいかな、仕事が忙しい夫は息子の寝る時間に間に合うように帰ってくることができません。
量が質になる。もちろん1日中子どもと一緒にいるお母さんの量とは比べものにならないのでしょうが(*1)、他の何をもっても引き換えたくないこの時間の積み重ねがクオリティにつながっているのだと感じます。
*1・・・いろいろある保育オプションの中で(→『ロンドン保育事情』)、私たちはナーサリー(集団保育)が息子のためにいい、と思っているから預けています。
『人生をどうやって測るのか?』のクリステンセン教授が震災後の日本人に向けたメッセージにもありました。
NB Online:「人生のジレンマ」を乗り越えるために
最も奉仕すべき人たち──それは家族です──は、常に成長し、常に変わっていきます。 人生の終わり頃になって家族を大切にしようと決心しても、もう遅いのです。 悲しいことに、ここぞというチャンスの多くはもはや過去のものとなっていて取り戻すことはできません。
Quantity timeがQuality timeになる -- 結局、人生とは1日24時間の間に何をするか決めることなのだと感じる今日この頃。
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- June 17, 2011 7:38 AM
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