オーストラリアのコーヒーは美味しい。
・・・と言って、どのくらい深くうなづいてもらえる人がいるか知らないけど、身内びいきを差し引いても、南ヨーロッパと比べても、相当美味しいのではなかろうか。
まず、エスプレッソ・マシンを使い蒸気による圧力でコーヒー液を抽出するイタリア系です。 「いや、コーヒーはやっぱブレンドだ(ドリップ式)」「朝はコピ(シンガポールの練乳入りコーヒー)に限る」と言う人は、コーヒーの種類が違うので比較対象としない、ということで。
イタリア移民の影響を濃く受けてエスプレッソ文化が早くから根付いた上に、オーストラリア流のアレンジ(ミルクを使ったコーヒーアートなど)が加わり、オーストラリアのカフェ文化発祥の地メルボルンでは、文字通り街角ごとのカフェで美味しいコーヒーが飲めます。 豆の挽き方、煎れ方、コーヒー抽出のしかたなどブラック部分(エスプレッソ)はもちろんのこと、ミルクのフォームのきめ細かさなどホワイト部分に対するこだわりもハンパなし。
よって、Starbucksなどのいわゆるアメリカのグルメコーヒーは流行らず(地元のチェーンもあることはあるが)、人々は相当味にうるさいです(よく知らないけど、ニュージーランドも同じ状況のよう)。
世界バリスタ選手権などにもオーストラリア人は頻出しており、バリスタになるための専門学校もいくつかあります。
どこのカフェでも美味しいコーヒーが飲めるあの環境で育つと、海外で暮らすオーストラリア人・ニュージーランド人が「コーヒーが不味い」と嘆くのも無理からぬことで、そんな友人の1人は情熱高じてロンドンでコーヒーショップをオープンしました(経緯は→『すべては1杯のコーヒーから』)。
私は彼がINSEAD卒業後、何の事業を始めようか悩んでいたときから知っていたので、「ロンドン一美味しいコーヒーを出す」と聞いたとき、ちょっと言葉に詰まったのです。
たしかに、ロンドンではCafe Nero、Costaなどのチェーンが幅をきかせていて、「美味しいコーヒーが飲めるカフェ」ってないような気がするけど、エスプレッソ系コーヒーの「美味しさ」はひとえにバリスタの腕にかかっています。
つまりバリスタのトレーニングに時間がかかり、自動化やスケーラビリティのないビジネス。 料理人の腕にかけ美味しさ一本だけで勝負する飲食店は単価の高いディナーを中心としたハイエンドレストランではありだろうけど(実際たくさんある)、どうしても1杯あたりの値段設定上限が限られてしまうコーヒーでは、地価の高いロンドンでは相当厳しいのでは? また交通費かけて1杯2ポンドのコーヒーを飲みに行く人はあまりいないので、地元密着型の愛されるカフェにはなるかもしれないけど、それだけで複数店舗展開するのは難しいのでは?というのが私の印象でした。
他の友人たちもそう思っていたみたい。
それだけに今回のMONOCLEにあった小さな記事は嬉しかったです(MONOCLEについては、過去に何度も書いているのでブログ右下バーの"Tag Cloud"からどうぞ)。
「ロンドンで、オーストラリア人とニュージーランド人たちが、バツグンのコーヒーを出す小さな店が過去12ヵ月の間に続々とオープンする小革命が起きている」、という記事。
そう、たぶん必要なのはこういうムーブメント。
「オーストラリアのコーヒーが美味しい」という事実は飲んだことがある人にしかわからないから、とにかく経験してもらうことが必要。 ところが、コーヒーは毎日職場近くの店に寄って飲む(テイクアウェイする)ものなので、至るところに必要。 ここにスケーラビリティのないビジネスのジレンマがある。
でも「美味しいコーヒーを出す」オーストラリア人とニュージーランド人(ロンドンに数多く在住)が各所に出して、「彼らのコーヒーは美味しい」というムーブメントをつくり出せば、みんなの力になる。 市場創造時の同業他社は競合ではなく、共に市場をクリエイトする仲間。
こんな風に根付けばいいな、友人Nのコーヒードリーム。
皆さんがロンドンを訪れる時のために(?)、小さな革命を起こしているコーヒー店をリストアップしておきます(カッコ内はエリア名)。
友人Nの店:Taylor St. Baristas(Liverpool Street Station、他2店)
The Espresso Room(Bloomsburry)
Flat White(SOHO)
Dose Espresso(Barbican)
Climpson & Sons(Broadway Market)
Fernandez & Wells(SOHO)
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- October 2, 2009 9:32 AM
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