日本にいた頃は、「余計なお世話な人が多いなー」と思っていました。
20代前半には「彼氏いないの?」
20代後半になると「結婚しないの?」
結婚すると「子どもはまだ?」
1人目が生まれると「2人目は?」
・・・と延々と続く社会のプレッシャー・・・というイメージであった。
ところがどっこい。
シンガポールに来て「日本(正しくは「東京」かな。 日本では東京以外で社会人したことないので)なんて全然甘いぜ」と思うことがよくあります。
今の私たちの場合は「子どもは?」ですね。
友達はもちろんのこと、初対面の相手(中国系シンガポール人)からも普通に聞かれます。 ちなみに、子どもがいる人の話によると、男の子だと喜ばれ、女の子だと「2人目は?」と聞かれるらしい。
結婚してから日本に住んでいないので比較はできないですが、子どものことに関する余計なお世話っぷりはおそらく中国系の方が上。
「子どもをたくさん産んで3世代の家族全員で中華の丸テーブルを囲むことが幸せ」みたいな価値観が根強く残っているのだなー、とつくづく感じます。
私たちのような外国人でこれだけ「うるせーーー!」と思っているのだから、伝統的な中国系の家庭出身で独身の友人が祖父母・両親から受けているプレッシャーは想像するに余りあります。 仕事や結婚相手選びへの親の意見も超重要(最重要?)だし、家族の中では年長者を本当に大事にします(親の介護のために外国暮らしが続く外交官を辞めた友達もいる)。
華僑の中で脈絡と受け継がれる儒教思想・・・。
そんな訳で、家族に関する他人の余計なお世話っぷりは、中国系シンガポール人より「全然たいしたことない」日本人ですが、一方で「年齢」に関しては他者の追従を許しません(韓国人もすごいと聞くので、韓国の次かな)。
初対面で「子どもは?」は聞かなくても「おいくつですか?」は普通な日本人。
私はいつも「聞いてどうするんだろうか?」と思うんですが、何も起らないので単に確かめているだけなんだろうか? どのくらい敬語にするか、を決めているのかなー?
シンガポールで年齢を聞かれたことはほとんどないです。
最近、渡辺千賀さんが「アメリカでは年齢があまり関係ない」と書いてますが、うちの夫も(アメリカ人ではないが)年齢には全く興味がなく、自分の友達の半分も年齢を覚えていないと思います。
自分の妹のフィアンセの年齢を「40前くらいじゃないのー?」と半年くらい前に言っていたので(妹さんは29歳)、「けっこう年離れているんだねー」と思っていたら、最近32歳であることが判明(しかも私がFacebookのプロフィールを見て気づいた)。 自分の義弟になる人の年齢くらい関心を持ってもいいんじゃなかろうか?
・・・ってくらい年齢はたいした意味を持ちません。
もうひとつ日本の余計なお世話といえば、アルコールを注いで半ば強制すること、ですね。
これは注がないと「気が利かない」と思う人もいるので微妙なところですが、他人にアルコールを注いでもらうことに慣れていない夫が日本で私の友達と飲んだとき、「Noと言えない外国人」であったため注がれるまま飲み続け、ぶっ倒れて介抱したことが2回ほどあります。
というわけで、今日は「ところ変われば"余計なお世話"も変わる」というお話でした。
あっ、でもこれまた渡辺千賀さんの大昔のエントリーで、ある本のエピソードとして
Du Pontで将来の幹部候補として恵まれたengineerの職を得ながら、鬱病になり会社を辞めて実家に帰り、抗鬱剤を飲みながら学校教師をしていた女性が、「誰にも一度も抗鬱剤を飲んでいることすら話したことがない」とPo(本の著者)に言う。 どうして自分だけに話したのか、とPoが聞くと
Because you're the only one who really asked.
という答えが返ってくる。 アメリカらしいなぁ、と思う。 悪く言えば「詮索好きで押し付けがましい」、よく言えば「親身で親切」な人が多い日本の究極の逆側にある。
とあるので、不干渉も度が過ぎるとこういう寂しい話になるのだなー、となかなかバランスが難しいところ。
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- July 3, 2009 12:48 PM
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