先日、このブログに以下のような趣旨のメールを頂きました(もっと長いメールだったのですが、今日は一点に絞ります)。
「人の肩書ではなく、内面を重視し世界中の魅力的な人との交流を楽しむ生き方」とあるのに、かなり会社名、学歴、特にla dolce vitaさんの友人を紹介する時は必ずと言っていいほど入っていますよね。 目的として書かれていることと実際の文と少しギャップがあるのでは? エリート主義では?
私のブログに限らず、この類いのコメントはよく見るのですが、『史上最強の人生戦略マニュアル』
事実なんてない。あるのは認識だけ。
人生に何が起きようと、その出来事をどう解釈するかは自分次第である。
状況が持つ意味や価値は、あなたがその状況に持たせた意味や価値でしかないのだ。
であり、エリート主義だと認識する人もいれば、しない人もいるってことだと思います。
まずは、私の理由説明。
1. ブログでは固有名詞を入れるように心がけている
今までエッセイや履歴書(CV)を書く際に「具体的に!」「固有名詞・数字を入れろ!」という訓練を受けてきたので、それが染み付いているのかもしれません。
< 例 >
A. 法人営業部のチームリーダーとして売上向上に貢献した
B. 部下6名を率いるチームリーダーとして東京都3区(品川・港・目黒)の大企業10社を対象に2007年下半期5億円の売上(前年同月比20%増)を達成した
「AとBの文章だと明らかにBの方が説得力あるでしょ」という訓練です。
東京で行ったオフ会でもこのブログは「実際の会社名と具体的なエピソードでリアルで面白い」という声が多かったように思うので、効果は出ているのかと。
では、なぜ有名な会社や大学名だけ書くのか?
答えは簡単。 目の前にイメージが広がるように書くことが目的であるため、知っている人が少ない固有名詞だけを書いても目的が達成できないからです。
< 例 >
C. Wagga Wagga出身の私の友人が・・・
D. 牧草地が広がるのどかなオーストラリア田舎町出身の私の友人が・・・
CのようにWagga Wagga(実在する地名)といきなり地名を書いてもほとんどの人が知らないので、イメージしやすいようにDのように書く。 有名な会社や大学名だけ書くのもこれと同じ理由です。
また、固有名詞や数字を書いておくと「ひょっとして○○年xx卒業の○○さん知ってます?」と共通の知り合いが見つかりやすく、あっという間に関係が近くなるという利点もあります(共通の知人がいると急に親近感がわくものですよね?)
2. 現場情報を書くようにしている
『世界級キャリアのつくり方』で石倉洋子さんが「現場力」(現場を見る重要性)を書かれていましたが、このブログでは基本的に一次情報(自ら仕入れた現場情報)と、当事者から聞いた二次情報を書くようにしています。
ブログを読んでくれている人は、わざわざ時間を割いて読んでいるので、ニュースで仕入れた情報だけ書くブログに意味はないと個人的には思っているので。
それだけでは客観性に欠けるので見つかった場合は統計を入れます(私の文章組み立てパターンをバラしてしまった)。
よって、私の周りの人のことを書いており、彼らのバックグラウンドが偏っているのは私の人間関係が偏っていることの証でしかありません。
ただ、非日本人の友達はたしかにINSEAD出身者に偏っているのですが(仕事で会う人は偏っていないが、仕事関係であるため書いていない)、日本人はブログのおかげでいろいろな人に出会えています。
オフ会その他で私と個人的に会った人は知っていると思いますが、私がプロフィールを聞くとき学歴や社名を聞くことはほとんどないので相手から自己紹介されない限り知りません。 個人的には、昨日書いた『タイプディレクターの眼』の小林章さんとか『ヒーローリスト公開』に挙げたNOBUの松久信幸シェフとか圧倒的な専門性を持った人がツボにはまります。 あとは、起業家応援シリーズをやっているように、「挑戦する人」も大好き。 明日に迫ったシンガポール第2回オフ会も個性的な面々でワクワクしています。
3. 所属する組織は何だかんだ言って価値観をつくる
大前研一さんが何かの著書で、
グローバルのプロジェクトに所属する個人の国籍は多様化しても思考はどんどん単一化している
と書いていましたが、これは本当にそうだと思います。
特に全世界で採用基準が同じコンサルなんかは特にそうで、「McKinseyマドリッドオフィス勤務のスペイン人とMcKinsey東京オフィス勤務の日本人」VS. 「McKinsey東京オフィス勤務の日本人と長崎で漁師業を営む日本人」だと前者の方が思考が近いと本人も認めるのではなかろうか?(ここでまたMcKinseyとか書くから「エリート主義」とか言われるのかも知れないが、ShellでもMicrosoftでもグローバルに仕事のやり方が標準化されているところならどこでもよい)。
なので、特定の個人の人となり・価値観を表現するとき、国籍より所属する組織名を出した方が遥かにどんな人かイメージしやすい場合があると思っています(もちろんそれだけではないが、限られた時間内に限られたスペースを使って書いているので、簡潔な表現方法を選ばなければならない)。
私の場合、「McKinseyっぽい人」とか「Microsoftっぽい人」のイメージをすでに持っているので(これをステレオタイプと呼ぶ。 必ずしも悪い意味ではない)、「某コンサル」「某IT企業」と書く代りに「目の前にイメージが広がりやすいように」固有名詞を入れています(理由1.参照)。 ついでに「このようなステレオタイプを持っているのは私だけであり、読んでいる人は持っていないかもしれない」と思ったときは、どのようなステレオタイプか説明をすることもある。
これを呼んで「エリート主義」とか言われると「認識の違い」と思わざるをえない、というところです。
というわけで、そういう認識もあるようだけど、本人は読み手が読みやすいように書いているつもり、という長々とした説明でした。
ほとんどの人は「ここは役に立つけど、ここはボクのケースには当てはまらないな」という柔軟な発想で読んでいるのでいちいちそんなこと考えてない、と想像していますが。
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on
- May 14, 2009 1:46 PM
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