昨晩遅くシンガポールに帰ってきました。
東京では「楽しい、美味しい!!!」とアドレナリンが上がっていましたが、やっぱり"It's good to be home"。 家はいいです。 最近「おかえりと言ってくれる人がいるところが家」だと思うようになりました。
去年の7月以来、8ヵ月ぶりの東京だったのですが、今回の東京で気づいたこと。
1. 平日の昼間、新丸ビルの各フロアにゆったりと置かれているソファは半分が老人、半分が居眠りするサラリーマンで埋まっていた。
2. 就職で関西から東京に来てビックリしたことのひとつに「終電が混んでいる」ことがあったが、相変わらず終電が混んでいた。 東京のサラリーマンは全体的に疲れすぎ。
3. ブログで知り合ったLat37N"さんと念願の初対面。 サンフランシスコ帰りのLat37N"さんが大晦日にお醤油が切れたのでネットで注文すると近所の酒屋さんが30分で届けてくれた、と心底驚いていた(→コチラ)。 たしかに、どう考えてもコスト割れ。
4. 1年くらい前は東京のスーパーやコンビニの店員に外国人が増えたと思っていたけれど、今回は居酒屋、カフェ、レストランにも外国人ウェイター・ウェイトレスが増えていた。
5. 今回会った高校の同級生7人(全員結婚しているので、7組14人)が持っている子どもの数は、なんと合計ゼロ(全員33歳)。 人口の維持には2.1の合計特殊出生率が必要なので7組14人からは15人の子どもが生まれないと人口が維持できない計算なんだけど、この調子だと10年後会っても子どもが合計10人いればいいところかな?
これら個別の出来事って全部つながってるんですね。
12月に北京で会った人が、
中国は「かゆい!」って叫ばないと掻いてくれないし、叫んでも掻いてくれないときもあるけれど、日本のサービスはかゆくないのに掻いてくれてクリームまで塗ってくれる
と表現していました。
たしかに大晦日にお醤油を30分で届けてくれるって、表面的には「日本のサービスって素晴らしい!」と思いがちです(私も少し前までそう思っていた)。 でも醤油を30分で届けてもらうために社会全体が無理をして、自分や家族が終電まで仕事したり、疲れ果てて新丸ビルのソファで眠りこけたりするなら、私はいりません。
近所のコンビニに買いに行くか、コンビニが開いてなければ塩でも振ってガマンするし。
東京のカフェで外国人ウェイター(見かけはブラジル人っぽかった、もちろん日本語ペラペラ)が片手に2皿ずつ、両手で4皿ケーキを運んでいて日本で見ない光景だったのでちょっと驚きました。 日本人ウェイトレスだったら綺麗に2皿ずつお盆にのせて2往復するところ。 でもよく考えると落としたりさえしなければ、カジュアルなカフェならこれで十分。
一方、ここシンガポールでは(今の為替だと外食は東京の半額くらい)、中華料理だと(クリスタル・ジェイド系とか)結構いいレストランでもウェイター・ウェイトレスは中国語しかしゃべれない中国人が多い(中華系シンガポール人はこれで通じる)。 私たちのように中国語を話せない客がちょっと複雑なことを頼もうとすると、ようやく英語を話せるフロア・マネージャーが出て来るのです。 まあ面倒だけど、「全員英語が話せるウェイトレスになる代りに値段が2倍になる」と言われるんだったら、やっぱり今のままでいいです。
日本は成長余地のない国内市場での競争が激しすぎて、かゆくないのに掻いてクリームまで塗らないと競合に負けるため、みんなが働きすぎて疲れているのだなー
夫婦ともに夜遅くまで働いて、おまけに産んでも子どもの将来に不安があったら、子どもなんて増える訳ないよねー
・・・と思いました。
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